素敵なひととき

家事代行のこんな運用

長田区内の小さな公園で火が止まったことを見ると、周辺部の巨大開発には力を入れるが、中心部の整備はほとんど放置してきた市政の責任は重い。
住宅地の中の公園は、日常のオープンスペースとして、通風、日当たり、子どもの遊び場、お年寄りや主婦の憩いの場、緑陰をつくり地域の気候をやわらげるなど、生活環境の向上に役だっている。
それが、震災時に火事がひろがるのを防いだ。
震災後の復興都市計画では住民の反対を押し切って、一ヘクタールの防災公園が土地区画整理によって計画された。
このような大規模な公園は、たどり着くまでの距離が遠い、日常的に役立たない、などの欠陥をもっている。
日常、市民の居住や生活環境に無関心で、ことさらに防災公園をいうのはまやかしである。
避難拠点としての公共住宅団地このような目でみていくと、沢山のことに気が付く。
たとえば、東京都は震災時の避難拠点として一四九カ所を指定している(一九九七年現在)。
公園、墓地、社寺仏閣、競馬場、河川敷、庭園、大学のキャンパスその他さまざまだが、その中の二六カ所は都営、公団、公社等の公共住宅団地である。
ここに約一四〇万人が遭難することになっている。
たとえば、公団大島・北砂団地一帯七万五〇〇人、都営上高井戸住宅一帯四万九四〇〇人、公社向原住宅一帯三万五五〇〇人等々。
住宅団地が避難広場になるということは、ひろいオープンスペースがある、住宅が地震で倒れない、燃えないと予測されているからであろう。
民間のマンションがしばしば周辺空間をくいつぶしながら建つのとは大きな違いである。
(住宅自体も神戸市内の公共住宅全壊率三・五%〔七万三四二〇戸車二五四一戸〕にたいし、民間マンショソは八・六%〔六区、四万三〇〇七戸中三六九九戸〕であった。
)このことはつまり、これらの公共住宅団地居住者は、日常からオープンスペースのゆたかな良質の住環境に住んでいるということである。
過密で燃えやすい危険な住宅地が避難所になりえないことを考えれば、明らかであろう。
住宅団地を最初から防災・避難広場と位置づけ意図的に計画するケースは少ないだろうし、設計者の意識にのぼることもないであろう。
(東京都防災計画の一環として計画された台東区自髭団地のような例は稀であろう。
)つまり居住者や周辺住宅地に寄与する生活環境の住宅団地をつくることが、結果として防災にもつながるということである。
また、被災者への空家住宅入居や仮設住宅用地の提供、自治会活動による被災者支援活動など、公共住宅団地が地域内外の居住環境形成に、ひいては防災に果たしている役割は評価されなければならない。
学校と防災最も多い避難所は学校の体育館であった。
震災後、学校に食料を備蓄するなど防災拠点にする計画が進められている。
それも必要だろう。
だが、学校に防災面から特別の配慮をするという発想の前に、つぎのようなことを考えるべきである。
たとえば全教神戸市教職員組合は震災の経験をつうじてわかった教育体制の現状について、問題を提起している(斎藤浩志監修『学校防災-神戸からの捏言』神戸新聞総合出版センタ㌧一九九七年)。
それともからめながら、筆者の考えを述べてみたい。
避難者はパンと牛乳、冷たく貧弱な弁当をながく強いられた。
「もし各学校の給食設備を使って温かい食事を提供できていたら、各学校にランチルームがあってそれが使えていたら」(『学校防災』)、食生活はかなり改善されたはずだ。
近年、多くの学校は学校給食の自校方式を廃止し、外部の業者に委託するセンター方式に変えている。
センター方式は、いくつかの学校をまとめるので、多い場合は十数校、一万数千食を一つの工場でつくる。
数日前から材料を仕入れるのでいろいろな弊害が出る。
野菜類はしなびないように大きな遠心分離機で脱水することからピタミソなどの栄養分が抜け水っぽくなる。
キャベツなどは次亜塩素酸ソーダで殺菌するので残留成分がのこり、健康によくない。
生野菜は食べないでボイルする。
揚げ物などが多くなる。
つくる場所と食べる場所が離れている、大量につくる、などの理由で早くから調理する。
食べるまでに三時間ほど経っていることが多く、その間に変化が起こる。
食中毒の危険がある。
職員が学校給食にかかわる機会がなくなり、子どもの健康状態に配慮した食材を使うなど、教育の一環としての給食の性格は消える。
これが自校方式であれば、家庭の食事と同じ発想で食材が使える。
温かいものは温かく、冷たいものは冷たく給食できる。
万一食中毒がおこっても、センター方式での被害は大規模になるが、自校方式は小規模ですむ。
センター方式の校内には給食設備がなくガスも水も使えない、お湯も沸かせない。
茶わんなどの什器もない。
小学校独自で献立・調理のできる自校方式を採用し、ふだんから児童に、教師の目の届く温かくて健康的な食事を給食していれば、被災者の食事にも貢献したであろう。
神戸市には自校方式の小学校が多数あったが、避難者にたいして市教育委員会は設備の使用を禁止したので結果は同じだった。
このことは、学校は避難所としての設備を備えておくべきだ、ということとは違う。
児童の健康への日常の配慮が、結果として災害時に人びとのいのちと健康を守るということである。
数カ月に及ぶ避難生活のもとで「学校という存在が地域のなかでいかに大切かがわかった」という声とともに、「学校は閉鎖的なところだった」という声も聞かれたという。
学校が地域の避難・防災拠点に位置づけられていなかったからといって、責められるべきではないだろう。
問題は、日常から学校が地域社会の中にどれだけとけこんでいたかである。
一般に児童の減っている現在、空き教室を利用した地域住民の集会室、デイサービスセンターなどの高齢者施設、休日のプールや図書室の開放、その他地域住民とのむすびつきを、この機会に考え直すべきであろう。
地域社会の中の学校という位置づけが必要である。
地域と学校を考えるうえで、学校規模・生徒数は重要な要素である。
大規模な学校では校区は当然広くなる。
広い校区では学校は地域からは遠い存在にならざるをえない。
子どもたちの通学時間も長くなる。
子どもと教職員のかかわりの密度が薄くならざるをえない。
日常の児童や家庭と学校との交流が、非常時の対応を可能にする。
遠距離通勤と防災震災時、交通手段が断絶し、道路も大渋滞が続くなかで教職員の通勤は困難を極めた。
「通勤時間が三〇分以内であることが、日常の教育活動はもとより非常時にも有効に活動するために適切です」という前記『学校防災』の提言は、日常の教育の視点からも重要な指摘である。
一般に遠距離通勤は日常の健康を阻害したり生活時間や家庭生活のゆとりを奪う。
前著『住宅貧乏物語』(岩波新書、一九七九年)では、勤労婦人の遠距離通勤が異常出産などで母体を損なう事実を見たが、その非人間的通勤が、災害時に防災の大きな障害となる。
阪神・淡路大地震は朝の五時四六分で、たいていの家族は一緒にいた。
だから家の倒壊後、互いの安否を確認したり救いだしたり死を見とどけることができた。
近所の人の助けも得られた。
家族そろって学校に避難することもできた。
もしこれが昼間であれば、犠牲の甚大さもさりながら、父は職場、子どもは学校や塾、主婦は家などと離れはなれになっていて、悲惨で残酷な事態が無数に繰りひろげられ、地域社会全体が大混乱に陥ったことであろう。
現在多くの家族は子ども、老祖父母、両親、兄弟姉妹などが日常的に接触できない一家離散同様の生活状態に追い込まれている。

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